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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)5635号 判決

原告 大栄興業株式会社破産管財人 江谷英男

右訴訟代理人弁護士 藤村睦美

被告 有限会社浜本電気商会

右代表者代表取締役 真田英雄

被告 真田たみ子

被告両名訴訟代理人弁護士 家近正直

同 鷹取重信

同 出島侑章

同 山崎武徳

同 桑原豊

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告の請求の趣旨

1. 原告に対し、被告有限会社浜本電気商会(以下被告会社という。)は別紙目録記載の建物を明渡し、被告会社及び被告真田たみ子(以下被告真田という。)は連帯して昭和五一年五月二〇日から右建物明渡ずみまで一ケ月金八万円の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告らの負担とする。

3. 仮執行の宣言

二、被告ら

主文と同旨

第二、主張

一、原告の請求の原因

1. 大栄興業株式会社(以下破産会社という。)は、昭和五〇年三月五日午前一〇時破産宣告を受け、原告は同日右会社の破産管財人に選任された。

2. 破産会社は、被告真田に対し別紙目録記載の店舗(以下本件店舗という。)を賃貸していたが、敷地所有者吉本五郎右衛門との間に、地代増額に端を発し、地代不払を理由に敷地賃貸借契約を解除され、昭和三〇年本件店舗を含む破産会社の借地上にあるすべての建物の収去と敷地明渡訴訟が大阪地方裁判所に提起され、長年月の裁判の結果破産会社は敗訴し、昭和四九年七月一五日破産会社の上告棄却の判決を受け、破産会社は本件店舗の収去と敷地明渡義務を負担したまま破産宣告された。従って、原告は本件店舗の収去について破産会社の義務を承継しているものである。

3. 破産会社は、昭和四六年五月二〇日被告真田に本件店舗を賃貸し、被告会社が右賃貸借契約以後本件店舗を占有使用している。被告真田は被告会社の取締役である。

4. 原告は、被告真田に対し昭和五〇年一一月一九日到達の書面により同被告との間の本件店舗賃貸借契約を正当事由を理由に解約の申入をし、これにより同被告との賃貸借契約は右書面到達六ケ月を経過した昭和五一年五月一九日をもって終了した。

5. 本件賃貸借契約解約の正当事由は次のとおりである。

(一)  破産会社は終戦直後の混乱期に本件店舗の敷地を含む六、九九六平方メートル(二、一一六坪三合九勺)の土地を吉本五郎右衛門から借受け、右地上に別紙図面表示のような配置で店舗を建ててこれを賃貸した。ところが、地代増額請求の問題から地主吉本との間に紛争が生じ、破産会社は増額地代の支払ができず、敷地賃貸借契約が解除され、判決により本件敷地明渡と多額の損害金の支払を命ぜられた。破産会社が地代を支払えなくなったのは、多数の賃借人が長年にわたり賃料の支払をしなかったり、賃料増額に応じないことに重大な原因があった。

(二)  吉本は、破産会社に対する本件店舗を含む建物収去と長期間にわたる紛争により生じた地代相当の損害金の累積合計が昭和四九年一〇月末日現在金二四億七一〇二万一八九円に達したが、その支払を受けられる見込もなく、かつ、地上建物には多数の賃借人らが占有しているため、建物収去の執行もできないこともあって、破産会社に対し破産の申立をし、本件破産宣告にいたった。

(三)  破産管財人は、目的財産としての破産財団の代表機関としてその目的遂行のために財団の管理、換価及び配当すべき職務を負うものである。そして、本件店舗は破産会社の所有物件で破産財団を構成するものであるが、破産管財人は吉本五郎右衛門に対し収去義務を承継しこれを収去してその敷地を明渡すまでは一ケ月金一、七五四万四、八七三円の割合による損害金の支払義務があり、しかも破産決定後の地代相当の損害金は破産管財人の義務不履行として財団債権となるものであるから破産管財人としては財団の管理行為として右義務の履行のためにも、また、破産財団の損害を少くするためにも速やかに被告らに本件店舗から退去を求める必要がある。けだし、破産管財人としてこのまま放置すれば、管財事務は終了の見込みもなく、破産財団の損害額は増加するばかりであるし、このようなことは善良な管理者の立場からも許されないからである。

(四)  なお、破産会社が本件店舗敷地の契約を解除されたことについての責任と本件解約についての正当事由とは次への異なる問題である。けだし、右契約解除されたことについては、破産会社に対することであり、解約の正当事由の有無は破産管財人との関係で論ぜられることだからである。たとえ、本件店舗の収去義務が生じた原因が破産会社の債務不履行によるものであっても、これに対する法的救済は別途に考慮するほか仕方がない。

(五)  従って、以上のような諸事情のある本件においては、まさに借家法一条の二の賃貸借契約を解約するにつき正当事由ある場合に該当する。

6. よって、原告は被告会社に対し、本件店舗の明渡を求めるとともに、被告らに対し賃貸借終了の翌日である昭和五一年五月二〇日から右建物明渡ずみまで一ケ月金八万円の割合による賃料相当額の損害金の各自支払を求める。

二、被告らの答弁

1. 請求原因1の事実は認める。

2. 同2の事実中原告主張の判決並びに破産宣告のあったことは認めるが、その余の事実は争う。

3. 同3の事実は認める。

4. 同4の事実中原告主張の書面がその主張の日に被告真田に到達したことは認めるが、その効果は争う。

5. 同5の(一)の事実中原告主張の判決がなされたことは認めるがその余の事実は争う。同5の(二)ないし(四)は争う。

6. 同6は争う。

三、被告らの主張

1. 被告らの事情

(一)  昭和二四年被告会社代表者真田英雄らは星光電気株式会社を設立し(真田英雄は取締役)、当時の本件店舗賃借人吉川一雄から破産会社の承諾のもとに賃借権を金一六万円で譲受け、破産会社と賃貸借契約を締結し保証金五万円を支払った。昭和二八年夏頃真田英雄は右星光電気の代表取締役に就任し、破産会社の承諾のもとに金九〇万円の費用を支出し本件店舗の二階部分の増改築を行った。右星光電気は昭和三九年会社を整理し、真田英雄は浜本御津男名義で浜本電気商会の商号で営業を行い、賃借人名義も右浜本名義に変更した。昭和四三年右個人営業を法人化して被告会社を設立し今日にいたり、賃借人名義は昭和四六年五月以降破産会社の承諾のもとに被告代表者の妻被告真田とした。以上のとおり、被告会社もしくは、被告代表者個人は名義の相違はあっても昭和二四年以来一貫して本件店舗を占有使用してきたもので、その営業実績は着実である。

(二)  被告会社は電気通信機の卸商を業とし、取引先は電電公社で下請に注文製造させ、これを電電公社(近畿通信局管内)に納品するものであるが、戦後一貫してこの営業を継続し、被告会社以外の者が代ってすることも困難であり、被告会社にとって本件店舗を失う損失は計り知れない。

(三)  被告真田は本件店舗賃借後一度も賃料支払を遅滞したことのない誠実な賃借人であり、現在もその支払を継続し、原告も特段の留保もなくこれを受領している。

2. 破産管財人と建物収去義務の承継

(一)  破産手続は破産者の総財産に対し一般的執行をし破産財団の換価により金銭的満足を得せしめることを目的とする。破産債権も金銭的価値を有する財産法上の請求権を意味し、作為義務または不作為義務の履行請求権は破産債権でない。従って破産者に対する建物収去義務の履行を求める建物収去請求は破産債権に属さず、破産管財人が破産会社の建物収去義務を承継することはあり得ない。

(二)  建物という積極財産が破産財団に組み込まれることと、その収去義務を承継することとは全く別の問題であり、破産管財人が破産者の建物収去義務を承継することはおよそあり得ない。従って収去義務承継を前提として賃貸借契約解約の正当事由ありとする原告の請求は、失当である。

3. 破産管理人の義務について

(一)  原告は地主吉本に対する損害金支払義務があり、本件建物から退去を被告らに対し求めなければ、右損害金支払義務の履行がなし得ないし、財団債権が増加して破産財団の損害が増加すると主張する。

(二)  しかし、破産会社が被告から建物賃貸借に基づき賃料をきちんと受領してさえいれば、地主吉本に対する損害金支払義務は履行され、かえって破産財団が増加するはずだったのである。確かに、建物賃借人のなかには原告のいうように賃料不払や、賃料増額要求に応じない賃借人も少くないが、被告らはいわゆる誠実な賃借人で、賃料増額に応じ、かつ一度の賃料不払いもしていないから原告の主張する原因は被告らに妥当しない。

(三)  破産管財人としてなすべきことは、第一に賃料不払の賃借人グループからの未払賃料の受領並びにその事後措置を講じることであり、第二には建物賃借人一般に対して適正賃料を確定しその受領をはかることである。原告の態度はかかる基本姿勢を放棄し、賃借人一般に対し一挙に事を解決しようとするものであり、安易かつ無責任な態度である。また、管財事務の早期終了をはかるためには、本件建物の換価はおよそ不可能と考えられるから、このような財産に対しては権利を放棄し(破産法一九七条一二号)、自由財産として解放すべきである。以上のような方法を講じずして被告らに建物明渡を求める原告の請求は管財人の善良な管理者としての注意義務に該当するどころか、むしろそれに反する不適法な行為であり、本訴請求は失当である。

4. 正当事由について

(一)  収去義務の承継が問題とならないとしても、承継するとしても、賃貸人が破産した一般の場合についてみれば、賃借人破産の場合と異なり賃貸人が破産したという一事をもって正当事由とすることはできず、破産債権者にとって賃借人の存在が明白な事実である以上、建物につき賃借権付きの制限のあることは甘受すべきであり、予期以上の配当を破産債権者になすべきでないことは、通説判例の認めるところである。

(二)  地主吉本と破産会社の間の訴訟においては当初訴提起時の昭和三〇年に約一五〇名の建物賃借人をも相手とするものであったが、建物賃借人に対する部分が分離され現在審理中であり、この訴訟の結果いかんにより被告らの運命が決せられるものである以上これと別個に破産管財人が被告らに対し明渡訴訟を提起すべき緊急の必要性は存在しないし、管財人の善管注意義務に照らしても、右訴訟の結果を待てば足りるのである。従って、建物収去義務の存在は正当事由の要素となり得ない。

(三)  破産財団の損害の増加を免れることを解約申入の正当事由とする点についても、先に述べたように、破産管財人の採るべき方法が他に存在する以上、誠実な賃借人に対する解約の申入は権利の濫用ともいうべき行為であり到底正当事由を基礎づける要素たり得ない。

5. その他、本件解約申入が不当であることを示す事情

(一)  吉本五郎右衛門は本件店舗敷地の地主であるが、終戦後不法占拠を免れるため、自ら発起人の一員となり、右土地に建物を建築して第三者に賃貸することを目的とする破産会社(当時の商号吉本復興建設株式会社)を設立し、取締役の一人に就任した。そして、右会社は地上に多数の建物を建築所有しこれを賃貸することにより不法占拠の難を免れた。右のように地主と建物所有者がいわば一身同体の関係にあったが、破産会社内部の地主派と反地主派の勢力争いから地代増額をめぐる紛争から訴訟にいたった。右の事情からすれば、なんの落度もない建物賃借人に対し破産会社から建物明渡を求めることは、社会正義に反することが明白である。

(二)  地主吉本と破産会社との訴訟が右のような事情を背景とする場合、土地賃貸借の解除はいわゆるなれあいによるとまでいえないとしても、これに類似するものと捉えられねばならない。

(三)  本件のような地主、建物所有者、建物賃借人の三者関係の場合においては建物賃借人と地主との間には直接の関係が生じているように擬制すべき場合であり適法な転貸借の三者関係をめぐる法律関係を類推もしくは準用すべきであり、そうとすれば、建物賃借人に対し地主または破産会社からなんの催告もなくなされた土地賃貸借契約の解除は、建物賃借人に対しなんら効果を生じないと解すべきであり、原告側に建物明渡を求める正当事由が存しないものといわなければならない。

(四)  さらに、地主と破産会社間の土地賃貸借契約の解除原因は増額賃料の不払に基因するものであるが、右解除原因は借地法の改正により今日認められない解除原因であり、たとえ当時有効としても、借地法の発展により現状では不合理として廃止されたものであるから、地主に解除され、建物収去義務があるといって、これを大上段に振りかざし被告らに対し建物明渡を求めることは法的正義に反し妥当でない。

(五)  本件被告らと同一立場に置かれている建物賃借人は多数存在し、現に係属中の同種事件は約六〇件ある。これらの者に対する訴訟の結果は梅田三番地一帯の現在の秩序を根底から揺るがす大きな社会問題で、まして前述のように地主とその意を受けた破産会社の勢力争いにより、誠実かつ善良な建物賃借人の地位が危くされ、これら建物賃借人によって築き上げられた梅田三番地の商店街としての秩序が崩壊することにより、この地域の商業実体が変化することは絶対に許されない。右事情は正当事由判断にあたり主要な一要素となるべきものと考える。

四、原告の反論

1. 被告らの主張1(一)の事実中本件店舗賃貸の経過は認めるが、賃借人変更の事情は不知。同1(二)の事実は不知。同1(三)の事実は争う。原告が被告真田から受領した賃料は解約の効果発生以前のもので、その後賃料の受領を拒絶したが、被告真田から一方的に送金している。

2. 被告らの主張2は争う。本件店舗は破産財団を構成するものであり、地主吉本に対し原告はその収去義務を承継している。従って、吉本は破産財団に対し原告が本件店舗の収去を完了するまでその敷地につき地代相当の損害金を財団債権として請求できるから、本件店舗の収去が遅れれば遅れるほど、財団債権は増加する。

3. 被告らの主張3は争う。被告らが原告に対し善管義務として指摘するところは不能を強いるものである。けだし、収去義務が判決により確定した店舗につき賃料増額請求はできないと考えられ、かかる店舗について賃貸借を継続させることは結局履行不能となること必定であるから、これを前提とする賃料増額請求は信義則上も許されないと解される。また、本件店舗に対する所有権の放棄も不可能のことである。けだし、右店舗は地主吉本に対し収去義務を負担しているからである。

4. 被告らの主張4も争う。

(一)  吉本と被告らとの権利関係と原告と被告らとの権利関係は別個のものであるから、被告吉本との訴訟が継続するからといって、本件請求をする必要性がないとか、また、原告の本訴請求がその訴訟の結果をまって処理すればよいという性格のものではない。本件建物の収去義務が原告に課せられたものである以上、可能な限りこれを早期に履行することの処置をするのが破産管財人の職務と考える。

(二)  被告ら主張のように、原告が本件店舗の賃貸借契約を継続する立場をとることは、本件建物の収去義務との関係で真向から否定する行為をなすことを意味し、原告の職責として確定判決を否定し、その収去義務に違反しこれを妨害する行為をなすことは許されない。

(三)  さらに、本件店舗の賃貸借を継続さすことは、管財事務を終らせることができなくなることであり、しかもその間吉本の財団債権の増加の結果を招来する。これも明かに破産法に規定した管財人の義務に違反する。

5. 被告らの主張5について

原告が破産会社所有店舗から明渡を求めている訴訟事件が六〇件を超えることは認める。その明渡の理由は大別して賃料不払による契約解除を原因とするものと、本件のように正当事由による解約を理由とするものに分れる。管財人として当然なすべきことである。

本件建物を含む梅田三番地上の建物はいずれも戦後の混乱期に建てられた急造の粗末なものであるうえに老朽化している。大阪の玄関口の商店街としては、はなはだふさわしくないもので、周辺の環境にもそぐわず、地域の発展を阻害している。従って、公共的見地から考える場合、地上建物は速やかに収去して近代化された商店街、ビル街として生まれかわるべきことが一般に期待されている。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、大栄興業株式会社(破産会社)が昭和五〇年三月五日午前一〇時破産宣告を受け、原告が同日右会社の破産管財人に選任されたこと、破産会社が昭和四六年五月二〇日被告真田に対し本件店舗を賃貸し被告会社が以後右店舗を占有していること、破産会社と敷地所有者吉本五郎右衛門との間に、地代増額に端を発し、地代不払を理由に敷地賃貸借契約が解除され、昭和三〇年本件店舗を含む破産会社の借地上にあるすべての建物収去と敷地明渡請求訴訟が大阪地方裁判所に提起され、長年月の審理の結果破産会社が敗訴し、昭和四九年七月一五日破産会社の上告棄却の判決を受けたこと、原告が昭和五〇年一一月一九日到達の書面により被告真田に対し正当事由を理由として本件店舗賃貸借契約解約の申入をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、右争いのない事実によれば、破産会社は地主吉本五郎右衛門を原告とし、破産会社を被告とする右両者間の本件店舗を含む右吉本からの借地上に破産会社が所有するすべての建物収去とその敷地明渡訴訟に敗訴し、右敗訴判決は確定し、その建物収去土地明渡義務を負担したまま破産宣告を受けるにいたったことが明らかであるから、原告は破産会社の破産管財人として破産会社の負担する本件建物収去土地明渡義務を承継したものというべきである。被告らは、建物収去請求権は破産債権に属さないから、破産管財人が破産会社の建物収去義務を承継することはあり得ないと主張する。なるほど破産会社に対して有する建物収去土地明渡請求権は破産法一五条にいう財産上の請求権ではないから破産債権に属さず、従って建物収去土地明渡請求権にもとづく強制執行につき破産法七〇条の適用はないが、破産宣告により破産会社は本件建物を含むその所有建物につき管理処分権を失い、その管理処分権はすべて破産管財人に属することとなるから、破産会社に対し建物収去土地明渡請求権にもとづく確定判決を有する者は破産宣告後は破産管財人を承継人として承継執行文を得たうえで強制執行をなすべきものと解すべきであり、破産管財人は破産会社の負担する建物収去土地明渡義務を承継することが明らかである。被告らのこの点の主張は理由がない。

三、一般に、賃借人が破産宣告を受けた場合には、賃貸借契約に期間の定めのある場合でも賃貸人または破産管財人は民法六一七条により賃貸借契約の解約の申入をなし得ることは、同法六二一条に規定するところであるが、賃貸人の破産の場合については、わが国ではドイツ破産法二一条一項のように賃借人は賃貸借契約をもって破産財団に対抗し得る旨の規定は民法上並びに破産法上にも直接の規定はない。しかしながら、もともと破産者が破産宣告時に有する一切の財産は、これを破産財団とするものであり、破産宣告当時において賃借権を負担する破産者所有の不動産については、破産財団も賃借権を負担したままその所有権を有するものであり、賃借人はその賃借権をもって破産財団に対抗し得るものと考えるべきであり、破産債権者の側からみても破産者の破産宣告時における財産からその配当を受けるべきことを甘受すべきであり、賃借人の犠牲のもとに予期する以上の配当を受けるべき理由もない。さらに、賃貸借契約において賃貸人の変更、目的物の譲渡は、賃借人の変更の場合と異なり賃貸借契約の存続を及ぼすことのないことが通常であり、破産手続においても借地法、借家法における賃借人保護の精神を否定すべき実質的理由は存在しないからである。従って、賃貸人が破産宣告を受けたとの一事によって賃借人の地位に変動を及ぼすことはできないから、賃借人の破産という事実のみでは賃貸借契約を解約する正当事由とすることはできない。

四、当事者間に争いのない事実、〈証拠〉並びに当裁判所に顕著な事実によれば次の事実が明らかである。

1. 破産会社は、昭和二一年七月吉本五郎右衛門からその所有の大阪市北区梅田三番地宅地六九九六・三一平方メートル(二、一一六坪三合九勺)を建物所有の目的で賃借し、右地上に本件店舗を含む約八六棟の建物を建築所有し、これらを多数の賃借人に賃貸していたが、昭和二十五年頃から地主吉本との間に地代増額をめぐって紛争が生じ、右増額地代の不払を理由に昭和二九年一一月右土地賃貸借契約を解除されるにいたり、昭和三〇年右吉本から破産会社を相手方として破産会社所有の全建物収去土地明渡並びに地代相当額の損害金請求訴訟が提起された。

2. 右訴訟は、昭和四二年六月七日破産会社敗訴の一審判決が言渡され、破産会社の控訴の結果も昭和四六年に控訴棄却の判決が言渡され、さらに破産会社の上告の結果も昭和四九年七月一六日上告棄却の判決の言渡により破産会社敗訴が確定し、その結果破産会社は地主吉本に対し建物収去土地明渡義務及び昭和二九年一一月一四日から右土地明渡ずみまで地代相当の損害金の支払義務が確定し、右損害金の額は昭和四四年九月一日以降の分についてみれば、一ケ月金一、七五四万四、八七三円(三・三平方メートル当り金八、二九〇円)の多額に及ぶものである。

3. 破産会社が右地代を支払わず土地賃貸借契約を解除されるにいたった一因としては、地上建物の賃借人のうち多数の者が賃料の支払をしなかったり、賃料の増額に応じないなど建物賃借人の不協力もあった。

4. 前記訴訟においては、当初地主吉本は建物所有者である破産会社のほか地上建物の賃借人等占有者をも相手方として建物退去土地明渡訴訟をも併合提訴したが、建物占有者が多数に及びその占有状態についても争いがあるため、建物占有者関係の訴訟は分離され、破産会社に対する訴訟部分のみが審理判決され、建物占有者に対する訴訟はおよそ三つのグループに分離されて現に当庁第四民事部において審理中である。

五、しかして、本件において、破産会社の破産管財人である原告は、財団債権の増加防止の目的と、確定判決により収去義務を負担した建物についての賃貸借契約を解消し右収去義務の早期の履行を理由として建物賃貸借契約解約についての正当事由があると主張する。すでにみてきた事実によれば、破産会社は多額の地代相当額の損害金の支払義務を地主吉本に対し負担したまま破産宣告を受けるにいたり、右損害金債務は破産宣告後においては財団債権として破産財団が負担するところであり、しかも破産財団は収去義務を負担する建物を所有するのみで他に財団を構成する積極財産に乏しいことがうかがわれ、財団債権の防止の面からみれば、地上建物の占有者を早急に排除して地主吉本に対し土地を明渡すことが必要なことは理解できるしまた地上建物の処分(収去を含め)が完了しない間は破産手続も完結しないことは容易に推察でき、さらに破産管財人として確定判決により負担した建物収去土地明渡義務の履行の前提として地上建物の賃借人との間の賃貸借契約関係を早期に終了させることに努力すべきことも当然の職務ということができる。

六、しかしながら、一方被告らの事情につき考えるに、〈証拠〉並びに当事者間に争いのない事実によれば、次の事実が認められこの認定を左右する証拠はない。

1. 被告会社代表者真田英雄は、昭和二五年頃星光電気株式会社(真田英雄は設立当初取締役)を設立し、その頃破産会社から本件店舗を賃借し、昭和二年真田英雄が星光電気株式会社の代表取締役に就任したが、昭和三九年頃右会社は倒産し、真田英雄の妻被告真田の甥浜本御津男を名目上の営業主(実質上の営業主は真田英雄)とする浜本電気商会の商号で営業を行い、本件店舗の賃借人名義も浜田御津男名義に変更した。

2. 昭和四三年頃右個人営業を会社組織化して被告会社が設立され、その頃破産会社の承諾を受け、被告会社代表者真田英雄の妻被告真田に賃借人名義を変更し、以後も破産会社の承諾を受けて被告会社が本件店舗をその営業のために占有使用し、その際名義変更料のほか保証金として金一〇万円を破産会社に差入れ、同四六年五月一二日被告真田と破産会社との間に賃貸借契約書を作成した。

3. 被告会社は本件店舗を使用後これを電気材料の販売用店舗として使用し、その顧客は主として近畿地区の電々公社の各通信局、市外電話局等とするため、国鉄大阪駅に近く交通に便利な本件店舗がその営業上至便であり、被告会社は他に営業所を持たず、被告真田夫婦は大阪市阿部野区内の大阪府営住宅に居住し、真田英雄において本件店舗に通勤している。

4. 被告真田は本件店舗賃借後破産会社に対する賃料の支払を遅滞したことなく、誠実に賃料を支払い破産宣告後も原告においてその受領を拒絶するまで賃料を支払い、受領拒絶後もなお銀行振込の方法で賃料額を支払っている。

七、以上認定の事実にもとづき、本件店舗賃貸借契約解約についての正当事由の存否につき考える。原告が財団債権の増加の防止及び破産手続の早期終了をはかり、かつ破産会社の負担した確定判決による建物収去土地明渡義務の履行の前提として地上建物の賃借人との間の賃貸借契約関係を終了させる必要性は認められるものの、被告真田は本件店舗を破産会社から賃借し、その承諾のもとに被告会社においてその営業の本拠としてこれを使用しているものであり、その使用の必要性は他に代え難いものがあることは容易に推察できる。原告の承継した建物収去土地明渡義務はその被承継人である破産会社の地主吉本に対する地代不払という債務不履行によるものであり、右不履行の結果が破産会社の破産にいたる大きな原因となっているものであり、右不履行の原因が建物賃借人の賃料不払等に基因するものであっても、被告らはその賃料を遅滞なく支払って来た誠実な賃借人であり、破産会社が土地賃貸借契約を解除されるにいたった原因、経過につき被告らになんらの落度もなく、かえって破産会社の地代不払により土地賃貸借契約が地主吉本から解除されたことにより、被告らの本件店舗使用収益権も地主からの建物退去土地明渡請求訴訟により近い将来覆滅せざるを得ない危険を受けているのであり、万一そのような結果となれば、本件店舗賃貸借は賃貸人である破産会社の責に帰すべき事由により履行不能となり、被告らは破産財団に対し破産会社の債務不履行を理由として損害賠償債権を取得すべき地位にある。しかるに、もし原告にその確定判決による建物収去土地明渡義務の存在を理由として本件店舗賃貸借契約の解約につき正当事由を認めれば、右賃貸借は適法に終了することとなり、被告らの破産会社に対する前記損害賠償債権も生じない結果を招来し、かくては、被告らに一方的不利益をもたらすのみで、破産財団は不当に右損害賠償義務を免れることにもなる。右事情にすでに判示したように破産宣告によっても賃借人の地位に変動を来たすべきではないとの一般原則をも考慮すれば、原告の前示賃貸借終了の必要性を勘案しても本件ではいまだ賃貸借契約解約について正当な事由があるとするに足りないとの結論を下さざるを得ない。そして、他に右正当事由を認め得る証拠はない。

八、そうすると、右正当事由の存在を前提とし、本件賃貸借契約の終了を原因とする原告の被告らに対する本訴請求は、すべて失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大久保敏雄)

〈以下省略〉

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